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東京高等裁判所 平成9年(ネ)5202号 判決

控訴人

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

氏家純一

右訴訟代理人弁護士

木村康則

磯谷文明

本橋一樹

右訴訟復代理人弁護士

森裕子

被控訴人

梅田米子

右訴訟代理人弁護士

田中清治 飯田秀人 茨木茂 宇都宮健児 岡崎敬

勝山勝弘 川人博 小寺貴夫 小林政秀 近藤博徳

犀川季久 犀川千代子 齋藤雅弘 末吉宜子 芹澤眞澄

千葉肇 遠山秀典 永井義人 松岡靖光 村上徹

森田太三 横山哲夫 米川長平 安藤朝規 瀬戸和宏

澤藤統一郎 松澤宣泰 宗方秀和 安彦和子 上柳敏郎

小薗江博之 浅野晋 新井嘉昭 荒木和彦 井口多喜男

今村核 今村征司 宇都宮正治 小野聡 加瀬洋一

紀藤正樹 坂入高雄 榮枝明典 櫻井健夫 鈴木理子

田岡浩之 竹内淳 長野源信 萩原秀幸 南典男

村越仁一 森高彦 山岸洋 山口廣 山上芳和

石井恒 渡辺博 木村裕二 谷合周三

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金七九〇万〇九一八円及びこれに対する平成元年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

本件の事案の概要は、以下のとおり、付加、訂正し、当審における双方の主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する(略語についても、以下、原判決と同様とする。)。

一  原判決への付加及び原判決の訂正

1  原判決七頁一行目の次に、行を変えて、次のとおり加える。

「4 ワラント、ことに外貨建ワラントは、本質的にハイリスクな商品であるから、控訴人がこれを販売すること自体が不法行為の違法性を構成する。」

2  同七頁二行目冒頭の「4」を「5」と、同一一行目冒頭の「5」を「6」とそれぞれ改める。

3  同八頁五行目の次に、行を変えて、次のとおり加える。

「7 証券会社は、有価証券を募集又は売出しにより取得させ又は売り付ける場合には、顧客に目論見書をあらかじめ又は同時に取得させなければならず(証券取引法一五条二項)、これに違反した証券会社は、当該有価証券を取得した者に対し当該違反行為により生じた損害を賠償する責に任ずる(同法一六条)。

そして、外貨建ワラントの国内での販売は、有価証券の募集又は売出しに該当する場合が多く、その場合には当該証券会社には顧客に対して目論見書を交付する義務がある。しかし、控訴人は被控訴人に目論見書を交付しなかったから、控訴人は被控訴人に対し、本件ワラントの取得による損害を賠償する義務がある。

被控訴人は、不法行為に基づく損害賠償請求と選択的に、右の証券取引法一六条に基づく損害賠償請求をする。」

4  同一四頁一一行目の次に、行を変えて、次のとおり加える。

「6 被控訴人の、ワラントを販売すること自体が違法であるとの主張は争う。

7 控訴人に証券取引法一六条の責任が発生する余地はない。

控訴人の本件ワラント取引は「募集」又は「売出し」に該当しないし、また、本件ワラント取引において目論見書の不交付と被控訴人の損害との間に相当因果関係はない。」

二  当審における控訴人の主張

1  被控訴人の証券取引に関する知識・経験等について

(一) 被控訴人は、以下のとおり、控訴人及び他の証券会社において、長年にわたり証券取引を行っていたもので、証券取引に関し豊富な知識と経験を有していたものである。

(1) 被控訴人は、控訴人自由が丘支店における夫名義の口座において、昭和五四年八月二七日から長年にわたり、株式(現物取引)・転換社債・国債・ワラントについて証券取引を行い、本件ワラント買付前までに合計六九一万一九一一円の利益を出していた。

また、被控訴人は、同支店において開催される株式講演会等にも積極的に参加し、そこで得た情報を自己分析して、証券取引を行っていた。

(2) 被控訴人は、国際証券株式会社渋谷支店(以下、単に「国際証券」という。)において、被控訴人名義の口座で、昭和六一年六月一八日から、株式・外国株式・転換社債・証券投資信託・割引金融債について、合計五七回(買付三二回、売付二五回)にわたり証券取引を行った。

(3) 被控訴人は、和光証券株式会社渋谷支店(以下、単に「和光証券」という。)において、昭和六一年六月三日から、夫名義の口座で証券取引を行っており、昭和六二年九月三〇日からの取引だけでも、株式・証券投資信託につき、合計三四回(買付一八回、売付一六回)の証券取引を行った。

さらに、被控訴人は、和光証券において、被控訴人名義の口座で、平成一〇年二月二〇日に証券投資信託の取引を一回(買付)行っている。

(二) 原判決の、被控訴人の証券取引に関する知識・経験等についての認定判断には、以下のとおり誤りがある。

(1) 原判決は、被控訴人が、本件ワラント買付当時、国際証券に被控訴人名義で約三〇〇万円及び和光証券に梅田正平(夫)名義で約一〇〇万円の株式を所有していたと判示する。

しかし、被控訴人は、本件ワラント買付当時、国際証券の被控訴人名義の口座において約六〇〇万円相当額の株式等を保有しており、和光証券の梅田正平名義の口座においても約三六〇万円相当額の株式を保有していたものであって、原判決の右認定は誤りである。

(2) 原判決は、被控訴人は本件ワラント買付時までに自らが自発的に銘柄を選択したことはないと判示する。

しかしながら、被控訴人は、控訴人自由が丘支店において、自らの銘柄選択により三井鉱山株一〇〇〇株を買い付けたのを皮切りに、同支店での証券取引を開始しており、その後も、自らの銘柄選択により大洋漁業株一〇〇〇株を長男名義で買い付けているのであるから、原判決の右認定は誤りである。

(3) 原判決は、被控訴人の昭和六二年八月以降の著しい投資傾向の変化は、控訴人の営業担当者が被控訴人に積極的投資を鋭意勧め、被控訴人はその勧めに従って新たな資金の投入と売買を行ったことによるものであったと考えられると判示し、さらに、このことは、被控訴人が平成元年三月二日に本件ワラントを買い付けた後、同年一一月に二件の株式を買い付けるまで、全く株式を買い付けておらず、同年一二月以降の買付は皆無であり、控訴人の営業担当者からの積極的働きかけがない場合には被控訴人は積極的投資行動に及んでいないことからも裏付けられているといえると判示する。

しかしながら、被控訴人が短期の株式売買を開始した昭和六二年ころ以降は、そもそも株式市況自体が極めて活況を呈していたのであり、この時期に証券取引の回数や金額が増大したのは、被控訴人を含む投資家一般の傾向であった。被控訴人も、控訴人における取引と同様に、国際証券において昭和六二年一二月以降、和光証券においても昭和六三年以降、数百万円単位の取引を頻繁に行うようになっていたのであって、当時の株式市況の好況期における投資家一般の傾向に歩調を合わせ、自らの投資方針によって証券取引を行い、短期間のうちに巧みに利益を上げていたものである。したがって、控訴人の営業担当者が短期売買を集中的に勧めたからなどというわけではないことは明白である。

また、被控訴人は、本件ワラント買付以降も、現在まで、国際証券や和光証券において継続的に数百万円単位の証券取引を繰り返しているから、本件ワラント買付後の被控訴人の投資行動についての原判決の前記認定も全くの誤りである。

(4) 原判決は、控訴人自由が丘支店において約一〇年間に被控訴人が得た利益は六九一万一九一一円であり、そのうち六二二万七六九〇円は、控訴人担当者が短期売買を集中的に勧めた昭和六二年八月以降の約一年七か月間に計上されたもので、被控訴人が右のような利益を上げたからといって、株式売買に堪能な顧客であったとは到底認められないと判示する。

しかしながら、昭和六二年ころ以降に被控訴人の証券取引の回数や金額が増加しているのは、控訴人担当者が短期売買を集中的に勧めたためではないことは既に述べたとおりである上、被控訴人は、本件ワラント買付までに、国際証券において約二年八か月間で二一〇万一〇五三円の実現益を得、和光証券においても約二年二か月間で九二万七五七二円の実現益を得ている。したがって、被控訴人が証券取引に関し、豊富な知識と経験を有していたことは明白である。

2  本件ワラント取引の経緯について

(一) 被控訴人が、ワラントの取引をするにつき必要にして十分な知識を持っていたことは、以下の事実から明らかである。

(1) 控訴人自由が丘支店の真木は、被控訴人の本件ワラント買付に先立ち、被控訴人に対し、①ワラントとは、一定期間内に、一定価格で、一定量の新株式を購入することができる権利(新株引受権)である、②ワラント取引では右の権利を売買する、③ワラントには権利行使期間があり、この期間が過ぎると権利は消滅し、ワラントの価値はゼロになる、本件ワラントの権利行使期限は平成四年七月である、④ワラントの価格は、株価の値動きと連動するが、株価と比べて値動きが大きく、ワラント投資は利益が大きくなる可能性もあるが、逆にリスクも大きい、⑤理論的には、株価が権利行使価格より高い場合はワラントには価値があり、株価が権利行使価格より低い場合にはワラントには価値がないが、ワラントの価格については、権利行使期間内に株価が値上がりする期待等に基づきプレミアムが発生し、理論価格にプレミアムを足したものがワラントの時価となっている、⑥本件ワラントはアメリカドル建であり、為替の変動によるリスクがある、以上のワラントの性質・リスク等につき説明した。

(2) 控訴人は、被控訴人に対し「ワラント取引説明書」(乙イ五第四号証、以下「本件取引説明書」という。)を送付し、被控訴人は平成元年三月半ばころ、その内容を確認の上、自己の判断と責任においてワラント取引を行う旨の「ワラント取引に関する確認書」(乙イ五第五号証、以下「本件確認書」という。なお、その用紙は、本件取引説明書の末尾に添付されている。)に署名・押印して、控訴人に差し入れている。

(3) 控訴人は、被控訴人との取引において、取引成立の都度、取引報告書(乙イ五第一三号証)を作成し、遅滞なく被控訴人に送付していたもので、本件ワラント取引についても、外国証券取引報告書(甲各五第三号証の一、二)を送付しており、被控訴人のその内容を読み、真木に対し、内容の確認までしていた。

(4) 控訴人は、被控訴人に対し、定期的に、取引明細及び残高に関する報告の書面(以下「月次報告書」という。乙イ五第七号証の一、二はその一部を再製したものである。)を送付しており、被控訴人は、控訴人に対し、その取引明細及び残高を承認する旨の回答書(乙イ五第八号証の一ないし六)を差し入れ、もって控訴人との取引及び控訴人における残高を承認していた。なお、月次報告書には、本件ワラントが外国証券(アメリカドル建)であることや、その権利行使期限等が明記され、回答書にも、本件ワラントが外国証券(アメリカドル建)であることが明記されていた。

(5) 控訴人は、被控訴人に対し、平成二年一月三一日作成基準日のものから、それ以降定期的に、ワラントの時価評価等を記載した「外貨建ワラント時価評価のお知らせ」(乙イ五第九号証の一ないし一〇、以下「時価評価のお知らせ」という。)を送付しており、被控訴人も、その都度その内容を確認していた。なお、平成三年八月三〇日作成基準日以降のものについては、権利行使期限等も記載されている。

(6) 控訴人は、被控訴人に対し、平成二年一二月以降、毎年一二月初旬ころ、ワラント取引の説明書(乙イ五第一〇号証の二、三)を送付している。

(7) 被控訴人は、控訴人に対し、平成三年五月二四日ころ、保有している本件ワラント等につき、その残高を承認する旨の承認書(乙イ五第一一号証)を差し入れている。

(二) 原判決は、被控訴人が本件ワラントを買い付けた際、真木が、被控訴人に対し、ワラントについて「株の三倍儲かる。いつでも株に換えられて危険はない。」等と勧めたと判示する。

しかしながら、そもそもそのような商品が存在するはずもなく、そのような商品が存在しないことは何人であっても容易に理解しうることであって、真木がそのような説明をすることなどありえない。真木は、前項(1)のとおりワラントの内容・リスク等を説明し、被控訴人もこれを十分に理解した上で本件ワラントを買い付けたのである。

(三) 本件ワラント取引の経緯についての被控訴人本人の原審供述は信用できない。

まず、被控訴人は、日本鋼管株八〇〇〇株及び住友精密株二〇〇〇株を売り付け、その売却代金によって本件ワラントを買い付けているところ、被控訴人は原審において、住友精密を売る話は聞いていないとか、買い付けるワラントの金額は聞いていないなどと供述する。

しかしながら、証券会社の外務員が、顧客に無断で顧客の保有証券を売り付けてしまうことなどありえない上、本件のように売付によって実現損が出るような場合には、被控訴人に無断で売り付けた場合、その後の被控訴人との事後処理に多大な困難をきたすであろうことは容易に予測できるから、真木が、被控訴人に無断で住友精密株を売り付けることなどありえない。また、証券会社の外務員が、顧客に対して証券の買付を勧める際、その買付金額を一切言わず、これについて何らの話がされないまま、約一〇〇〇万円もの多額の証券の買付を執行してしまうことも、もし顧客の承諾が得られなかった場合の事後処理の困難性に鑑みれば、やはり到底ありえないことである。

さらに、被控訴人は原審において、本件ワラント買付後、外国証券取引報告書が送付されてきたため、真木に対し、本件ワラントがドル建の証券であるのか等を問い合わせたところ、真木がドルとは関係ないとはっきり言ったと供述する。

しかしながら、本件ワラントは、いうまでもなく外貨建(アメリカドル建)の外国証券であり、それは外国証券取引報告書を一見すれば明らかであるにもかかわらず、真木がドルとは関係ないなどという直ぐに虚偽であることが判明するような説明をすることなどもありえない。

(四) 原判決は、原審証人真木の供述は信用できないとするが、その根拠として原判決が掲げるところは、以下のとおり、いずれも理由がない。

(1) 原判決は、本件ワラント買付時に、真木が、住友精密株の売付を勧めた点につき、真木が、住友精密株の値動きが予想よりもあまり芳しくなかったため、本件ワラントへの乗り換えを勧めたと供述したことについて、「住友精密株の損失額はわずか二五万三六九〇円にとどまり、また、それ以前に損失を出して売り付けたクボタ株の損失額も一〇万七五五四円であることから、真木は、被控訴人が保有している株の値動きに細心の注意を払っていたかのように見えるが、他方で、本件ワラントが値下がりを続け、平成元年六月には買付時の六割近くまで値を下げていたにもかかわらず、被控訴人にその売付を勧めていないのは不自然であり、真木の供述は矛盾する。」旨を判示する。

しかしながら、原判決の右判示は、結局、結果論として本件ワラントの売付を勧めるべきであったと述べるに等しく、何ら真木の供述の信用性を左右するものではない。本件ワラントは、被控訴人の買付後値下がりをしたことは事実であるが、値下がりと回復を何度も繰り返しながら結果として徐々に値が下がってしまったものであり、このような状況下で、真木が被控訴人に対し安易に本件ワラントの売付を勧めることなどできないことはいうまでもない。もし、安値の時点で売付を勧めれば、被控訴人の損失が確定してしまい、かつ、その損失額は数百万円単位になってしまうのであるから、真木が、本件ワラントの価格回復を期待し、売付を勧めなかったとしても何ら不自然なことはなく、その供述に矛盾するところはないのである。

(2) 原判決は、「住友精密の業績は好調であったにもかかわらず、同株の売付を勧めたのは不可解である」旨を判示して、真木の原審供述は信用できないとする。

しかし、業績が好調であっても株価が下落することがあることはいうまでもなく、そのような場合に、真木が、他に上昇が期待できそうな証券への乗り換えを勧めることは何ら不可解なことではない。

もっとも、原判決は、真木が本件ワラントの売却を勧めなかった理由として述べる事情は、住友精密株においても全く同じであり、真木の供述は不可解であるとも判示する。

しかしながら、同じく業績が好調であっても、通常の株式とワラントとでは、値動きの幅や速さ、株価との連動性、プレミアムの有無等において大きな相違があるし、このような証券自体の性質・特徴に基づく相違に加え、両者は全く別の銘柄であり、かつ、売り付けた際に発生するであろう損失額も、住友精密株が二五万円余であるのに対し、本件ワラントは数百万円単位の幅で損失額が変化することが予想されていたのであるから、両者の値動きの予想・判断ないし売付時期の判断基準等を全く同列に論じる原判決の判断は不合理というほかない。

(3) 原判決は、本件ワラント買付に際し、住友精密株と日本鋼管株の売付代金をその買付代金に充てていることについて、「価格的にみても日本鋼管株を考慮の中心とするのが自然であると思われるのに、真木は、住友精密株の値動きがかんばしくないことを被控訴人に説明したのみで、日本鋼管株の売却の理由を説明したとは述べていないのであり、この点も不可解である。」旨を判示する。

しかしながら、右判示は全く意味不明である。日本鋼管株の売付代金が七四一万七六三六円、住友精密株の売付代金が三四四万四二五〇円であることから、なぜ価格的にみて日本鋼管株を考慮の中心とするのが自然であるのか、何ら論理的関連性を見いだすことができない。

そのうえ、日本鋼管株が平成元年三月二日には大きく値上がりしており、真木が、被控訴人に対し、右利益を確保しておくために同株の売付を勧め、被控訴人もこれに同意したことは明白であり、それ以上に、真木が被控訴人に対し売却の理由を説明する必要もなかったのである。

(4) なお、原判決は、本件確認書に関し、真木が、被控訴人が郵送された本件取引説明書の末尾に添付された本件確認書の用紙を切り取り、これに必要事項を記載して、平成元年三月中ころ控訴人宛提出した旨を供述したとする点につき、本件確認書は、ゴム印を押した直後に折り畳まれた形跡が認められるのであり、この事実は真木の右供述と矛盾する旨の判示をする。

しかしながら、本件取引説明書及び本件確認書は、真木自身が被控訴人に送付したものではなく、控訴人自由が丘支店の総務課が送付したものであって、真木自身が体験した事実ではないことに関する供述について、矛盾の意味を論じてみたところで、真木の供述の信用性が左右されることなどありえない。

なお、付言するに、本件取引説明書を送付する際に、控訴人自由が丘支店総務課社員において、顧客の注意喚起を促し、本件確認書の返送を確実にするため、また、顧客の便宜等から、あらかじめ確認書の用紙を切り取った上で、これを本件取引説明書とともに送付することも当然にありうることであるから、ゴム印を押した後に折り畳まれた形跡があったとしても、何ら不自然なことなどない。

3  損害について

原判決は、本件ワラントの買付価格と売付価格の差額である一〇二六万〇九三三円全額が控訴人の不法行為と相当因果関係にある損害であると判示する。

しかしながら、仮に控訴人に不法行為が認められるとしても、遅くとも、平成二年二月初め以降、本件ワラントの値下がりによって拡大した損失は、ことごとく被控訴人の投資判断に起因するものというほかなく、被控訴人の自己責任に帰すべきものというべきことは、以下に述べるとおりである。

(一) 原判決の認定するとおり、被控訴人は、平成二年二月初めころ、控訴人から本件ワラントの価格を記載した同年一月三一日付け時価評価のお知らせの送付を受け、この時点で、本件ワラントに大きな損失が生じていることを認識したものである。それにもかかわらず、被控訴人は、その時点において、本件ワラントの売付をせず、その後の値下がりによる更なる損失を招いたものであり、その後の損失の拡大については全て被控訴人の投資判断に起因するものにほかならない。

もっとも、真木は、被控訴人に対し本件ワラントの売付を勧めてはいないが、そもそも証券投資は、投資家が自らの判断と責任において行うものであるから、その投資判断に起因する結果については、すべて投資家の自己責任に帰すべきものである。

なお、原判決は、右の点につき、被控訴人はこのとき真木に電話し、真木から持っていればそのうち値上がりすると言われ、そのままにしていたもので、この時点で被控訴人が本件ワラントの売却を決断しなかったからといって、被控訴人に損害の拡大防止をしなかった過失があるとまで評価することはできないと判示する。確かに、真木は、被控訴人に対し、本件ワラント買付後、本件ワラントについて、もう少し様子を見たらどうかなどのアドバイスをしている。しかし、証券会社の外務員のアドバイスは単なる投資情報の一つに過ぎず、被控訴人もこれに同意したからこそ、本件ワラントを保有し続けていたものであって、その保有によって損失が拡大したとしても、結局、被控訴人の投資判断の結果であるから、その損失の責任を証券会社に転嫁することなど認められるものではない。

(二) もっとも、被控訴人は、本件ワラント買付の際、真木はワラントの内容やリスクについて説明をしていないし、本件取引説明書の送付も受けていなかったと主張しているが、仮にそうであったとしても、時価評価のお知らせの裏面には、ワラントの内容やリスクについての説明が簡潔・明瞭に記載されていたのであるから、遅くとも平成二年二月初めころには、被控訴人は、ワラントの内容やリスクを知っていたはずであるし、万一これを知らなかったというのであれば、そのことにつき重大な過失があるといわざるをえない。

さらに、万一、真木が本件ワラント買付を勧めた際、株の三倍儲かって、危険はないと説明したのであれば、平成二年二月初めころには、本件ワラントの価格は著しく下落し、約四〇〇万円もの評価損が出ていたのであるから、被控訴人においては、真木の右説明が虚偽であったことを容易に認識しえたはずであり、あるいは少なくとも甚だしい疑問を抱いていたはずであり、それにもかかわらず、真木のまだまだ上がるから大丈夫だなどという言葉を何の疑問も抱かずに信用するはずもなく、もしこれを何の疑問も抱かず、何らの調査もせずに鵜呑みにし、自らこれに従った投資判断をしたというのであれば、被控訴人において、それ自体、その後の損失の拡大を招いたことにつき著しい過失があるというべきである。

(三) また、被控訴人は、平成二年五月ころ、真木の後任である大平から、本件ワラントは値下がりするから売却した方がよいとのアドバイスを受けたにもかかわらず(なお、大平は、本件ワラントの売付を勧めただけで、新規の株式購入などは勧めていない。)、自らの投資判断によって、本件ワラントの売却を断ったものであって、かかる投資判断が原因でその後に損失が拡大したとしても、それが被控訴人の自己責任に帰すべきものであることは明白である。

原判決は、この点について、右時点では、本件ワラントの価格は購入時に比べドル価格で四〇パーセント程度まで下落しているのであり、被控訴人が本件ワラントの買付を承諾した事情からして、それまで堅実な投資に務めてきた被控訴人が、右時点でワラントを売却し損を小さく止めようと決断するのが困難なほどに困惑していたことは想像に難くないとし、被控訴人を困惑させた原因は、控訴人担当者の勧誘行為にあったとして、被控訴人がこの時点で本件ワラントを売却しなかったからといって、被控訴人に損害の拡大を防止しなかった過失があるとまでは評価することはできない旨を判示する。

しかしながら、原判決の右評価は極めて不当である。およそ、買い付けた証券が大きく値下がりした場合、その売却の決断が困難であることは何人においても同様であり、そのような場合にもいずれかの決断を下さねばならないのが証券投資であって、投資家がそのような投資判断によって生じた結果について自ら責任を負わねばならないことも当然である。

また、原判決が、被控訴人を困惑させた原因が控訴人担当者の勧誘行為にあったとする点も、真木は、本件ワラントの買付を勧める際に、被控訴人に対し、ワラントの内容やリスク等について説明をしており、原判決の右認定自体に誤りがあるばかりか、被控訴人の原審供述によっても、被控訴人は、本件ワラントが株とは違うもので、株類似のものだと思った、値段が上がったり下がったりすることは分かっていたというのであり、大平から本件ワラントの売付を勧められた際、本件ワラントが何時かは上がるだろうと思っていたと供述しながらも、他方で、このまま下がったとしても、それはもうどうしようもないなと思ったとも供述しており、結局、被控訴人も、ワラントの価格が下落することもあることは当然認識しており、かつ、自ら値上がりの見通しを持ちつつ、逆にその後の価格の下落の可能性も認識しつつ、価格が下落して損失が増大した場合についても覚悟を決めており、その上で、自ら本件ワラントの売付を断るという投資判断をしたことは、あまりにも明白である。

(四) また、大平は、その後も、本件ワラントが再び値下がりを始めたため、被控訴人に対し、月に一度くらい、本件ワラントの時価を報告するとともに、このまま本件ワラントを保有していても価格が上がる可能性は少なく、平成四年七月の権利行使期限を過ぎれば、本件ワラントは権利が消滅し、その価値がゼロになってしまうことを繰り返し伝え、本件ワラントの売却を勧めていたものであり、それにもかかわらず、被控訴人は本件ワラントの売付を断り続けていたのである。

さらに、大平は、本件ワラントの時価が数十万円から約一〇〇万円前後であった平成二年終わりころから平成三年二月ころにかけても、被控訴人に対し、同様の話をし、本件ワラントの売却を勧めたが、被控訴人はこれをことごとく断り続けていたのである。

加えて、大平の後任である神戸典夫も、平成三年五月ころから、被控訴人に対し、本件ワラントの権利行使期限まで残り一年強となり、右期限を過ぎるとワラントは権利が消滅し、その価値がゼロになってしまうことを話し、何度もその売却を勧めたが、被控訴人はやはり断り続けたものである。

4  過失相殺について

原判決は、本件について、被控訴人においては、賠償を命ずる額を減額するような過失は全く存在しない旨を判示する。

しかしながら、被控訴人において、本件ワラント取引における損失の発生につき重大な過失があることは、以下に述べるとおりである。

(一) まず、被控訴人の本件ワラント買付に際し、真木は、被控訴人に対し、前記2(一)(1)のとおり、ワラントの内容やリスク等を十分に説明したものである。

なお、仮に、被控訴人がワラントに関する真木の右説明を理解できなかったとしても、ワラントの内容やリスク等を何一つ理解しないまま、何らの問い合わせや確認もせずに、漫然と一〇〇〇万円を超える多額の証券の買付注文を出した被控訴人には、それだけで極めて重大な過失があるといわざるをえない。

また、被控訴人が、真木からの、株の三倍儲かっていつでも株に換えられる、危険はないとの説明だけを鵜呑みにして本件ワラントを買い付けたとしても、それまで長年にわたり多数回の証券取引を経験していた被控訴人において、そのような都合の良い投資対象商品が存在することなどありえないことは当然に知悉しているはずであり、あるいは、少なくとも疑問を抱くのが当然であって、このような真木の言葉を何らの疑問も抱かずに鵜呑みにしたことにつき、重大な過失があるといわざるをえない。

また、被控訴人が、ワラントの内容やリスク等について全く分からないまま本件ワラントを買い付けたとしても、そもそも証券投資は自らの判断と責任において行うべきものであるから、買い付ける証券の性質等が全く分からないまま、何らの調査等もせずに、一〇〇〇万円以上もの証券を買い付けたこと自体に重大な過失が存するといわざるをえない。

なお、原判決は、被控訴人が証券取引に関し知識や経験が著しく乏しいかの如く述べるが、被控訴人が証券取引に関し豊富な知識と経験を有していたことは前記1(一)のとおりであるし、真木の説明によってはワラントの内容等について理解ができなかったのであれば、当時取引していた国際証券や和光証券に問い合わせる等して、自ら調査をすることも極めて容易であったのである。

(二) 控訴人は、本件ワラント取引に際し、被控訴人に対し、外国証券取引報告書を送付しているところ、右報告書においては、本件ワラントがアメリカドル建の外国証券であること、本件ワラントの権利行使期限が平成四年七月一四日であること等が記載されている。

原判決は、これを注意深く見なかった被控訴人に過失があるとはいえないと判示するが、被控訴人がこれを注意深く見ていることは被控訴人の原審供述からも明らかであるから、被控訴人がこれらの点につき認識していたことは明白であり、仮にこれを認識していなかったとすれば、それ自体著しい過失があるといわねばならない。

(三) 控訴人は、被控訴人に対し、本件取引説明書を送付し、被控訴人は、平成元年三月半ばころ、その内容を確認の上、自己の判断と責任においてワラント取引を行う旨の本件確認書に署名・押印し、控訴人に対しこれを差し入れている。

原判決は、被控訴人の知識、経験、株式取引状況及び真木の説明内容並びに本件確認書作成の時期及び方法に照らすと、これを考慮して被控訴人に生じた損害額を減額するのは適切でないと判示する。

しかしながら、被控訴人が証券取引に関し豊富な知識と経験を有していたことや、原判決の言う真木の説明内容が全くの誤りであることは、既に述べたとおりである。そして、被控訴人は本件確認書に自ら署名・押印したことは認めているところ、その表題は読んだが、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」との文言は見ていないとの被控訴人の原審供述は不自然で信用できないものである。

仮に、被控訴人が本件確認書の右文言を見ず、かつ、本件取引説明書の交付も受けずに本件確認書に署名・押印して控訴人に差し入れたとしても、右文言を一読すれば、本件ワラント取引において、被控訴人に対し、ワラント取引に関する説明書が交付されるべきものであることや、本件確認書は右説明書の内容を理解した上で控訴人に差し入れるべきものであることを、容易に認識しえたものであって、それにもかかわらず、本件確認書の内容を全く読まずに、ただ単に署名・押印のみをして控訴人に差し入れたというのであれば、それ自体重大な過失といわざるをえない。

(四) 控訴人は、被控訴人に対し、定期的に月次報告書を送付しており、被控訴人は、控訴人に対し、その取引明細及び残高を承認する旨の回答書を差し入れたこと、控訴人は、平成二年一月三一日作成基準日のものから、それ以降定期的に、時価評価のお知らせを送付していたこと、平成二年一二月ころから、毎年一二月ころ、ワラント取引の説明書を送付していたこと等は前記2(一)のとおりである。

被控訴人は、これらの書面によって、ワラントの内容やリスク等について認識していたか、容易にこれを知りえたというべきであり、それにもかかわらず、これを知らなかったというのであれば、それ自体被控訴人に重大な過失が存するというべきである。

(五) 遅くとも平成二年二月初め以降、本件ワラントの値下がりによって拡大した損失は、被控訴人の投資判断に起因するものであり、被控訴人において重大な過失があることは、前記3に詳述したとおりである。

三  当審における被控訴人の主張

1  被控訴人の証券取引に関する知識・経験等について

(一) 控訴人は、被控訴人が証券取引について十分な知識・経験を有していた旨主張するが、右主張は、被控訴人の従前の証券取引の経過を外形的に羅列して単に回数の多少のみによって判断しようとしたり、あるいは他の証拠との整合性を無視したもので、採用できない。

(二) 被控訴人は、昭和五四年八月二七日に三井鉱山株を買い付けて、控訴人との証券取引を開始したが、右取引当時、被控訴人は証券取引を継続して行う意思は持っていなかったのであって、このことは、同株の保有状況、その間の取引の不存在、売却後一年間の空白などからも裏付けられる。

被控訴人は、昭和五六年一〇月一四日の京王帝都転換社債の購入から、控訴人との証券取引を実質的に開始したが、これは、当時の被控訴人の知識や新転換社債の希少性から、当時の控訴人担当者が勧めたことによるものと推測できる。

その後の取引も、前に買い付けた株を売却した代金で次の株式を購入するというやり方で、投資資金の額も昭和六一年の暮れまでは二〇〇万円を超えない金額であった。

ところが、原判決も指摘するとおり、昭和六一年一二月二六日に約三〇〇万円の買付を行い、その後昭和六二年八月末以降、極めて頻繁な取引が開始されており、これは、新しい担当者によって頻繁な取引が勧誘されたことを強く推認させる。そして、担当者の強い誘導による取引は、どれだけ多数回行われ、利益を上げても、それによって顧客の投資判断力醸成の基礎になるものではなく、逆に担当者の判断や誘導に依存する投資姿勢を形成してしまうおそれがあることは容易に推測できる。

したがって、被控訴人は控訴人との証券取引の期間の長さにもかかわらず、証券取引に関する知識を涵養し、経験を蓄積する機会を持たなかったものと判断するのがより合理的であり、いわば、被控訴人は証券会社担当者の勧めるままに証券取引を繰り返す盲目の投資家であったのである。

なお、控訴人は、昭和六二年八月以降の被控訴人の頻回な取引について、株式市況自体が活況を呈したこの時期に取引が増大するのは投資家一般に見られる傾向であり、被控訴人もこの傾向にあわせて取引を拡大していったものと主張する。しかし、右主張は何らの根拠も有しない。むしろ、株式市況が活況を呈していることは、証券会社の顧客に対する投資勧誘も積極的になるばかりか、証券会社間の競争激化に伴い、勧誘がさらに執拗・強引になるという一般的傾向があることも周知の事実であって、このような状況の一現象として、当時の控訴人の担当者が被控訴人に対し極めて積極的な投資勧誘を行った結果、被控訴人の証券取引が急激に頻繁かつ多額となっていったと推測する方が合理性がある。

(三) 控訴人は、被控訴人が株式講演会等に参加し、そこで得た情報などを自己分析して証券取引を行っていた旨を主張する。

しかし、被控訴人が自ら行った取引は、最初の三井鉱山株の買付及び売付、大洋漁業株の買付、住友金属鉱山株の買付の三回のみである。株式講演会に行っていた時期と重複すると見られる真木の担当期間に、被控訴人が自己の判断で取引を希望し、真木に告げたのは右住友金属鉱山株の買付の一回のみである。しかも、これも、講演会で聞いて、資産株にとってもいいということを聞いて買ったのであり、その買付の動機はおよそ自己分析の結果の投資判断とはいえない。

このように、株式講演会等に参加していた事実が存在する一方、そこで得たはずの知識に基づいて取引を行った形跡がなく、逆に講演の内容を盲信して投資行動を行っているとも見える事実が存在するときは、講演会への参加の事実をもって直ちに投資判断能力ありと断ずることは軽率というべきである。

(四) 控訴人は、被控訴人が国際証券や和光証券においても証券取引を行っていたことをもって、投資判断能力を有していたと主張する。

しかしながら、投資回数の多寡がそのまま投資判断能力の有無に直結するものではないことはもちろんである上、被控訴人が右両社において本件ワラント買付時までにした取引回数は、国際証券で二一回(買付一四回、売付七回)、和光証券で六回(買付四回、売付二回)であり、決して多い回数ではない。

また、控訴人との証券取引において、被控訴人が担当者の言うままに取引を行ってきた事実を考えれば、右両社での取引においてもほぼ同様の状態であったと推測できる。現に、右両社での取引について、各社の担当者毎に取引の頻度を算出すると、国際証券での取引では、一一日に一回という頻繁な取引(約五か月間)から半年に一回という閑散な取引(約三年)までの著しい差異が見られ、和光証券での取引でも、約五〇日に一回というやや頻繁な取引(約三年半)から全く取引なし(約一年半)までの著しい差異が見られる上、両社の取引の回数の多寡や増減には何らの関連性も見られないのであって、これらの事実は、被控訴人が右両社においても各担当者の勧めるままに証券取引を行っていたことを示すものである。

したがって、他社との取引の事実をもって、被控訴人が十分な経験を有していたと即断することはできない。

2  本件ワラント取引の経緯について

(一) 控訴人は、真木が、被控訴人に対し本件ワラントの買付を勧誘するに際し、必要な説明を尽くしたと主張するが、その主張の根拠となる原審証人真木の供述は全く信用できないものである。

真木は、当時二〇〇ないし三〇〇の顧客を抱え、毎日三〇ないし四〇件の勧誘の電話をかけており、被控訴人の他に約一〇名の顧客がワラントを購入していたと供述しており、少なくともその数倍の顧客に対しワラント取引の勧誘の電話を行っていたと推測される。このような毎日何十回も行われる勧誘の電話の中で、たった一日の間に行われた被控訴人に対するワラント取引勧誘の電話を、その供述内容のように詳細に記憶しているということは信じ難い。真木自身も、被控訴人に対する電話勧誘の内容は本件取引に関する記録を見るまで記憶になかった旨供述しており、他方、他の顧客については、勧めた銘柄も、勧誘時の説明内容も全く記憶にないと言う。真木が供述する被控訴人に対する説明内容は、ワラントの商品内容についても、銘柄についても、型どおりの内容に過ぎず、具体性・現実性に欠ける。したがって、真木の供述する説明内容は、真木の記憶していたものではなく、本件提訴後に、自己と控訴人の正当性を根拠づけるよう考えたものと見ざるをえない。

また、真木の証言態度を見ても、主尋問において、被控訴人に対しワラントの説明書及びこれと一体になった確認書を送付したと明確に供述しながら、反対尋問においては、被控訴人に送付した書類を直接には確認していないと供述するなど、その証言態度は恣意的といわざるをえない。

真木は、二〇ないし三〇分の電話の中で、ワラントについての説明を行い、特に分からないとかいう質問がなかったので、被控訴人が理解したものと分かったと供述する。しかしながら、他方で、真木は控訴人に入社して一年間現場で経験を積んだ後に二、三時間の講習を受け、資料も受領して、初めてワラントについて理解したと供述している。このような知識を、全く予備知識のない個人投資家が、手元に何の資料もなく、たった一回の電話での二〇ないし三〇分の話によって理解することは到底不可能である。

(二) 控訴人は、被控訴人に対し本件取引説明書を送付し、その最終頁に添付されていた本件確認書に署名・押印を得た上、これを受け入れたと主張する。

しかしながら、被控訴人が署名・押印し控訴人に返送した本件確認書は、本件取引説明書の末尾に添付されていたものではなく、それ一枚の状態で折り畳んで被控訴人に送付されたものであることが、その形状から明らかである。しかも、本件確認書に印刷された不動文字は、本件取引説明書末尾の確認書の用紙に印刷された不動文字と位置がずれており、右説明書末尾に印刷された確認書とは別個に作成された書類と見られる。したがって、末尾に確認書が添付された本件取引説明書が存在するにもかかわらず、あえてこれから切り離し、あるいはこれと全く別の確認書を送付したものであるから、本件確認書とともに本件取引説明書を送付したと推認することには合理性はなく、むしろ本件取引説明書の送付はなかったものと見るのが合理的である。

(三) 控訴人は、本件ワラント取引後に被控訴人に対し外国証券取引報告書や月次報告書、ワラント取引の説明書等を送付し、被控訴人からも回答書の返送を受けていることをもって、被控訴人はワラントに関する十分な知識を有していたと主張する。

しかしながら、外国証券取引報告書、月次報告書及び回答書は、取引の内容及び残高を報告するものに過ぎず、これらの記載によってワラントについて新たな知識を得、そのリスクを認識しうるものではない。まして、被控訴人は、外国証券取引報告書を見て、真木に対しドルなんですかと尋ね、真木からドルとは関係ないと言われ、かえってワラントに関する知識を歪められ、その危険性の認識を困難にされているのである。

また、月次報告書には権利行使期限等が記載されているが、その記載の形状は、単にワラントの諸要素の一つとして記載されているに過ぎず、特段に顧客の注意を喚起するような形状で記載されてはいない。権利行使期限について全く知識のない者がこれを見ても、その意味の重要性を認識しえないことは当然である。

時価評価のお知らせについても、これを見て直ちにワラントの仕組みを理解することは到底不可能である。現に、被控訴人はこれを見て真木に問い合わせをしたが、まだまだ上がるから大丈夫だと言われ、保有を続けたのである。

控訴人が平成二年一二月以降にワラント取引の説明書を送付した点についても、被控訴人によれば、右説明書は送付されてきたのみで、送付前後に控訴人担当者から何の連絡もなかったから、被控訴人がその書類の重要性を全く認識しえず、これを読まなかったのは当然である。右送付をもって、被控訴人が当然にこれを読んでワラントについて理解していたはずであるとの控訴人の主張は、自らの説明義務を無視し顧客に責任を押しつける傲慢な主張といわざるをえない。

(四) 控訴人は、真木が被控訴人に対し本件ワラントの買付を勧誘した際、株の三倍儲かり、危険がないと言ったかどうかについて、そのような商品が存在するはずもなく、真木がそのような説明をすることなど到底ありえない等と主張する。

しかしながら、右主張は、証券外務員億法律に反すること、事実と反することは行わないという一般論を本件に敷衍して述べているにすぎず、証拠に依拠したものではない。のみならず、右のような一般論は全く根拠のない、それ自体虚偽の主張といわざるをえない。

(五) 控訴人は、真木の原審供述に信用性がないとの原判決の判示についてるる反論しているが、原判決の認定は正鵠を得ており、控訴人の反論は全く根拠がない。

控訴人は、まず、本件ワラントは値上がりと値下がりを繰り返しつつ結果的に値下がりしていったから、その過程で真木が安易に売却を勧めることなどできないと主張するが、本件ワラントの売付価格が買付価格を上回ったのは四月四日の一回のみであり、控訴人の言う値上がりと値下がりの繰り返しは買付価格以下の値段で生じているのである。このような傾向の下においては、将来の値下がり危険を考慮し、早期に処分を勧めるのがむしろ適切な助言というべきである。それにもかかわらず、売却を全く勧めなかったという真木の姿勢は、その直前の住友精密機械の処分に際しての姿勢と比較して極めて不自然である。

また、本件ワラントの購入時の為替レートは一二八円五銭であるから、被控訴人が購入した三四ワラントの価格が一ポイント変動すると、被控訴人の含み損益は二一万八三六五円も変動するのであり、住友精密株では二か月かけて生じた損失が、本件ワラントでは一日単位で発生していたのである。このような本件ワラントについて、真木が被控訴人に全く売却を勧めなかったということは、その住友精密株の損失に対する対応と比較するとき、不自然であることは一層明らかである。

また、控訴人は、株式とワラントは性質上大きな相違があり、銘柄も異なるから、両者を同列に比較することは不合理であると主張する。まさに、株式とワラントはその性質上大きな相違があり、株価の動向とワラントの動向を同一視することはできない。しかるに、真木の供述を見ても、真木が本件ワラントそれ自体の価格分析や予測をした形跡はなく、単に株価変動の見通しのみによってワラント価格を予測し、被控訴人にこれを勧誘したものといえるのであり、そうとすれば、同様に好調な業績を上げている住友精密と新日鉄とで、前者を捨てて後者を取るべき合理的考慮がされたのか、極めて疑わしいといわざるをえない。

さらに、控訴人は、日本鋼管株の売却について、その利益を確保しておくために売付を勧めたもので、不自然な点などないと主張する。しかし、日本鋼管株は、当時一六七万円余りの利益を生じていたのであり、これをどう維持し、あるいは増やすかというのが次の投資ポイントとなることは当然である。わずか二五万円余りの損失を取り戻すために、一六七万円もの利益を生じている株式を売却して、よりリスクの高いワラントに投資しなければならない必要性はまったく感じられない。真木の投資勧誘の方針は全く不自然としかいいようがない。むしろ、真木は、本件ワラントを購入させる金額として一〇〇〇万円を予め想定し、その資金調達方法として日本鋼管株と住友精密株を選んだものと推測される。

(六) 当審証人大平洋の供述も、以下のとおり到底信用できない。

すなわち、大平は、真木からの顧客を引き継いだ中で、被控訴人は印象的な引継事項の客であったと供述するところ、その供述する引継事項とは、ワラントに関して評価損があるというものにすぎず、およそ印象的であるとはいい難い。また、大平は、ワラントを保有していたことから被控訴人を記憶していたとも供述するが、他方でもともと大平の顧客であった約一五人については、売却を勧めた銘柄すら二銘柄しか記憶しておらず、その供述の不自然さは明らかである。

さらに、大平は、被控訴人に対し月一回くらいワラントの売却を勧める電話をかけ、ワラント価額の見通しや、期限が来るとゼロになることを繰り返し伝えたが、被控訴人は理由も言わずに拒否し、大平も理由を聞かなかったと供述する。しかしながら、被控訴人のように買付・売付の判断をほとんど全て担当外務員からの情報とその勧誘に依拠してきた者が、担当者から毎月のように右のような電話を受けながら、理由も告げずに売却を拒否し続けたというのは極めて不自然であるし、大平の側から被控訴人の意図を問い質そうともしなかったというのも極めて不自然である。

また、大平は、平成二年一一月から平成三年二月ころに本件ワラントの売却を勧めた際、被控訴人がゼロになってもかまわないと述べたと供述するが、投資資金全額を失ってもかまわないと考える投資家があるとも考え難いし、そのような常識では考え難い投資判断を行った被控訴人に対し、問い質そうとすらしなかったという大平の行動も信じ難い。

3  過失相殺の主張について

(一) 控訴人は、被控訴人の損害拡大回避義務違反をるる主張するが、いずれも採用できない。

(二) そもそも、本件ワラント取引は、真木の違法な勧誘により行われたものであり、この違法な勧誘により被控訴人に損害を与えた控訴人に、その損害の拡大を回避すべき一次的責任が存するというべきである。控訴人は、投資家の自己責任を強調するが、真木の虚偽の説明により誤った情報が提供されたときから、他に本件ワラント取引についての情報収集の途を持たない被控訴人は、その自己責任の基盤を控訴人によって奪われたというべきである。したがって、その損害拡大について被控訴人の自己責任を問題とする前提として、控訴人の側が改めて正確な情報を被控訴人に提供する必要がある。

本件において、被控訴人が四〇〇万円もの値下がりを知り、驚愕して真木に問い合わせた際、真木はまだまだ上がるから大丈夫と述べたのである。これは、単に将来の価格予測のみならず、株式のように値上がりするまでいつまでも待っていることができるとの認識を前提としている。期限があることを知らない被控訴人が真木の右助言を信じたとしてもやむをえないことであり、むしろ、右の被控訴人の問い合わせに対し、ワラントに関する正確な情報提供を怠った控訴人の側に、損害拡大の責任があるというべきである。

(三) 控訴人は、平成二年五月に被控訴人が大平からワラントの売却を勧められたがこれを断ったことにつき、被控訴人に損害拡大についての責任があると主張する。

しかしながら、本件においては、被控訴人はワラントの大きなリスクを知らなかったのであって、株を株と知って購入し、それが大きく値下がりした場合とは全く異なる。購入した証券の種類も何も分からない一般の投資家はただただ混乱に陥るばかりである。原判決のこの点の認定判断は、このような被控訴人の具体的な心理状態を率直に把握したものとして、極めて的確である。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  当裁判所の判断

一  被控訴人の年齢、経歴及び生活状況

原判決一五頁三行目から同一六頁五行目末尾までのとおりであるから、これを引用する。

二  被控訴人の株式取引の経験

1  乙イ五第六号証、第二〇号証、第二一号証の一ないし五、第二二号証、第二三号証の一ないし四、原審証人真木裕幸の証言及び原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被控訴人は、昭和五四年ころ、夫の同業者が株の話をしているのを聞いて興味を持ち、右同業者から、新聞の株価欄の見方や、三井鉱山株がよいとの話を聞いて、同年八月二七日、控訴人自由が丘支店に三井鉱山株一〇〇〇株の買付(代金約五六万円)を注文して、同支店における証券取引を開始した。この当時、被控訴人は四一歳であり、夫の仕事を手伝いながら家事をしていたことから、貯蓄を少しでも増やそうと思い、夫の預金で株取引を始めたものである。

その後、被控訴人は、本件ワラント取引を開始するまで、控訴人自由が丘支店で証券取引を続けたほか、昭和六一年からは、国際証券や和光証券でも証券取引をするようになったが、株取引は現物取引に限られ、信用取引はしたことがない。購入する株式の銘柄の選定や、その売却時期については、控訴人らの証券会社担当者の勧めに応じたものが多いが、被控訴人自身も、新聞の株価欄を見たり、控訴人の主催する株式投資説明会に出席したり、控訴人自由が丘支店を訪れて(本件ワラント買付当時は一、二か月に一回)、担当者と市況の見通しや保有株の見通しなどについて相談するなどしており、自ら買付株の銘柄を選定したり、担当者の保有株の売却の勧めを断ったこともあった。

被控訴人は、本件ワラント買付当時、控訴人自由が丘支店に夫名義で購入価格総額一八〇八万六九三〇円の株式(日本鋼管株八〇〇〇株・購入価格五七四万七四九〇円、三井不動産株三〇〇〇株・購入価格八六四万一五〇〇円、住友精密株二〇〇〇株・購入価格三六九万七九四〇円)を、国際証券に被控訴人名義で購入価格総額六二一万四九二八円の株式等を、また和光証券に夫名義で購入価格総額三五八万九五〇〇円の株式を所有していた。また、被控訴人は、本件ワラント買付時まで、控訴人自由が丘支店における約一〇年間の株取引で六九一万一九一一円の利益を、国際証券での約二年八か月間で二一〇万一〇五三円の、また和光証券での約二年二か月間で九二万七五七二円の利益を得ていた。

(二) この間の被控訴人の証券取引の状況は、次のとおりである。

(1) 被控訴人は、昭和五四年に控訴人自由が丘支店で証券取引を開始したものの、昭和五七年ころまでは投入資金額も少なく、散発的に株を買い付け、その売付によって生じた資金で新たな買付をするというものにすぎなかったが、昭和五八年に四回にわたり短期の買付・売付を試みたり(最後の日本ソーダ株の買付は、昭和六二年二月まで保有したものの、損失に終わった。)、昭和五九年、昭和六〇年と新たな資金を投入するようになった。しかし、買付銘柄は主力株が中心であり、その投入資金も一八〇万円以下であり、七年間の売買による利益も六八万四二二一円に止まっていた。

(2) ところが、被控訴人は、昭和六一年六月には国際証券に被控訴人名義の口座を、和光証券には夫名義の口座を開設して証券取引をするようになり、同年一二月には、控訴人自由が丘支店で、これまでにない約三〇〇万円という多額の資金を投じて野村證券株の買付を行うなどして、投資行動を大きく広げた。

(3) さらに、被控訴人は、控訴人自由が丘支店で、昭和六二年八月二八日から九月一八日までの間に五回の買付を行ったが、その買付金額は合計七三五万二二七〇円に上り、一回の買付金額も一〇〇万円から二〇〇万円余りとなり、新たに投入された資金も五〇〇万円以上に上ったもので、その投資金額や頻度の点で、大きく投資行動を変化させた。その結果、昭和六二年末の時点での投入資金総額は一〇〇〇万円余りに急増している(購入価格総額一〇三三万五二四五円の株式を保有)。

昭和六三年には、控訴人自由が丘支店での買付回数はさらに増え、年一四回の買付となり、一回の買付金額も三〇〇万円前後の取引が中心となった上、株式の保有期間が顕著に短くなり、一か月から五か月の保有期間で売却するものが大半となり、一年間の利益も四六二万七三四〇円に上っている。その結果、昭和六三年末の時点での投入資金は一八〇〇万円程度(購入価格総額一八〇七万四八二八円の株式を保有)となっている。

(4) なお、国際証券における取引も、昭和六一年には一回約五〇万円のみの買付であったが、昭和六二年には三回、株等を買い付けており、買付金額は一〇〇万円から三〇〇万円弱、保有期間は五か月から一年であり、昭和六三年には九回の買付(一、二月に五回の買付が集中)をしているが、買付金額も一〇〇万円を超えるものが五回(うち二回は二〇〇万円を超えるもの)で、一、二月に集中した買付は一回を除き、その保有期間も二か月以内の短期間であった。

また、和光証券における取引(昭和六三年九月三〇日までの取引内容は不明)も、昭和六三年には、同年一〇月一日以降でも二回の買付をしており、いずれもその買付金額は一五〇万円を超え、保有期間も数か月の短期間であるし、本件ワラントの買付を挾んで、平成元年三月に四回、同年四月に二回、同年六、七月に各一回、数日間から二か月足らずの極めて短期間の買付・売付を連続しており、その買付金額はいずれも一五〇万円を超え、四〇〇万円を超えた場合も見られる。

国際証券及び和光証券における昭和六二年、六三年ころの被控訴人の投資傾向は、控訴人自由が丘支店における同時期の投資行動と共通の傾向を示しているといえる。

(5) なお、被控訴人は、控訴人自由が丘支店において、本件ワラントを買い付けた後は、同年一一月に二件の株式を買い付けたほか、全く株式を買い付けていない。

しかし、国際証券では、平成元年、平成二年及び平成四年に各一回、平成五年には五回、平成六年には九回、平成七年に三回、平成八年に一回の株の買付をしており、和光証券でも、平成元年に前記(4)の取引のほかに更に三回、平成五年に一回、平成六年に二回の株の買付をしている上、平成一〇年二月には新たに被控訴人名義の口座を開設して、約五〇〇万円の投資信託を買い付けている。

2  以上の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、主婦が夫と自己の若干の蓄えを堅実に運用する目的で、証券会社の担当者の勧め等に従って、比較的安全な銘柄を中心として株式等の買付けを行い、また主に右担当者の勧めに従って適宜売却していたところ、当時の株式市況は活況を呈した時期にあり利益が上がることが多かったことなどから、次第に投資金額も増加し、短期の買付・売付をするなどの投機的姿勢を強めた面はあったものの、依然として現物取引のみに止まり、堅実な取引を継続していたことが窺われ、その取引期間の長さや、三社にわたる取引回数・額などからして、証券取引については相当程度の知識・経験を有していたと認めるのが相当である。

これに対し、被控訴人は、控訴人との証券取引の期間の長さにもかかわらず、控訴人担当者の勧誘に従い取引をしていたにすぎないから、被控訴人は証券取引に関する知識を涵養し、経験を蓄積する機会を持たなかったもので、いわば盲目の投資家であったと主張する。そして、被控訴人は、原審本人尋問において、本件ワラント買付の二年くらい前から頻繁に株の売買を勧められたこと、それは担当者が真木の前任の中野という者に変わったことからであること、頻繁な売買は被控訴人の希望するところではなく、そのような勧めに嫌気がさして、このころ、何度か売買の勧めを断ったことがある旨の右主張に沿う供述をしている。

そして、弁論の全趣旨によれば、中野が被控訴人の担当となったのは昭和六二年八月であり、昭和六三年一一月に真木に引き継がれていることが認められるから、前記のような昭和六二年八月から九月にかけて集中した株取引については、新たに担当となった中野の頻繁かつ積極的な勧誘があったことを推測することはできる。しかしながら、前項に認定したとおり、被控訴人は、それ以前から、国際証券や和光証券での取引を開始し、多額の投資をするなどの投資行動の変化を見せていること、中野の担当期間である昭和六二年八月から昭和六三年一一月の間は、国際証券や和光証券においても多額で頻繁な投資行動を示しており、この間は株式市況も活況を呈していたことなどを併せ考慮すると、被控訴人の投資行動の変化を、控訴人担当者の変更のみによって説明することは困難であり、被控訴人の右主張は採用し難い。

三  本件ワラント取引の経緯

1  争いのない事実に、甲各五第二号証、第三号証の一、二、乙イ五第三ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証の一ないし六、第九号証の一ないし一一、第一〇号証の一ないし三、第一一ないし第一三号証、原審証人真木裕幸及び当審証人大平洋の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 控訴人自由が丘支店の真木は、昭和六三年一一月被控訴人の担当者となった。

平成元年三月初めころ、真木は被控訴人に電話をかけ、被控訴人の保有している住友精密株の値動きがかんばしくないので、住友精密株と日本鋼管株を売って、本件ワラントを買ってみないかと勧誘し、被控訴人の承諾を得た。その際、被控訴人はワラントについて知らなかったので、真木が、ワラントは新株引受権で、権利行使期限があり、これを過ぎるとワラントの価値はゼロになることや、ワラント取引は株に比べて利益が大きい可能性もあるが、リスクも大きいこと等一応の説明をしたところ、被控訴人は、右説明が分からないと言うこともなく、特に質問もしなかったので、真木もそれ以上の説明はしなかった。この電話は二〇ないし三〇分程度であった。

そして、真木は、同年三月二日、被控訴人の保有していた住友精密株及び日本鋼管株を一〇八六万一八八六円で売り付け、本件ワラント三四ワラントを一〇二六万三一五五円で買い付けた。

(二) 控訴人は、その後、以下の各書類を、被控訴人に送付し、被控訴人から以下の各書類の返送を受けている。

(1) 控訴人は、本件取引説明書(乙イ五第四号証)、本件確認書の用紙(乙イ五第五号証、「私は、貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と印刷され、「ご署名、ご捺印の上ご返送下さい。」とのゴム印が押されている。)及び外国証券取引口座設定約諾書の用紙(乙イ五第三号証)を被控訴人宛送付したところ、平成元年三月半ばころ、被控訴人は本件確認書と右約諾書に夫名義で署名・押印した上、これらを返送した。

(2) 控訴人は、取引の都度取引報告書を顧客に送付しており、本件ワラント取引についても、被控訴人宛に外国証券取引報告書(甲各五第三号証の一、二、銘柄、ドル建であること、外価の精算金額、為替単価、日本円の精算金額等が記載されている。)を送付した。

(3) 控訴人は、顧客に対し定期的に月次報告書を送付しており、被控訴人に対しても、本件ワラント取引以降も、月次報告書(乙イ五第七号証の一、二はその一部の複製であるが、本件ワラントがアメリカドル建の外国証券であることや、その権利行使期限が記載されている。)を送付しており、被控訴人からその取引明細及び残高を承認する旨の回答書(乙イ五第八号証の五、六、本件ワラントがアメリカドル建の外国証券であることが記載されている。)を受領した。

(4) 控訴人は、被控訴人に対し、平成二年二月以降定期的に、時価評価のお知らせ(乙イ五第九号証の一ないし一〇、その裏面には「ワラント(新株引受権証券)取引についてのご案内」との表題で、ワラントの内容や性質が略記されている。)を送付している。なお、これによれば、本件ワラントは買付金額一〇二六万三一五五円であったものが、時価評価額は、同年一月三一日作成基準日で六二五万三二三八円、同年二月二八日作成基準日で四五五万三二八〇円、同年五月三一日作成基準日で四五一万〇一〇〇円、同年八月三一日作成基準日で二五七万八四三三円、同年一一月三〇日作成基準日で一一三万三九〇〇円、平成三年二月二八日作成基準日で一〇一万一三三〇円、同年五月三一日作成基準日で二九万二九三二円、同年六月三〇日作成基準日で二万九一四五円、同年一一月二九日作成基準日で二万七六三六円、平成四年二月二八日作成基準日で二一九九円と低下している。

(5) 控訴人は、被控訴人に対し、平成二年一二月以降、毎年一二月初旬ころ、ワラント取引の説明書(乙イ五第一〇号証の三)を送付している。

また、被控訴人は、控訴人に対し、平成三年五月二四日ころ、保有している本件ワラント等につき、その残高を承認する旨の承認書(乙イ五第一一号証)を差し入れた。

(三) 真木は、本件ワラント買付後も平成二年五月に退職するまで、被控訴人に対し、株の買付を勧めるなどのために電話をかけており、その都度ワラントの価格等について報告していたが、被控訴人から、ワラントの説明がなかったなどの苦情の申出はなかった。

なお、真木は、本件ワラント買付後、本件ワラントが徐々に値を下げ、退職当時には半額以下になっていたにもかかわらず、被控訴人に対して、もう少し様子を見たらどうかとのアドバイスをしたに止まり、本件ワラントの売却を勧めたことはなかった。

(四) 平成二年五月から、控訴人自由が丘支店における被控訴人の担当者は真木から大平洋に変わった。

大平は、同月末ころ、本件ワラントがやや値を戻してきていたため、被控訴人に対し売付を勧めたが、被控訴人はこれを断った。

その後も、大平は、何度も本件ワラントの時価を報告するとともに、その売却を勧めたが、被控訴人は応じなかった。

(五) 平成三年五月から、控訴人自由が丘支店における被控訴人の担当者は大平から神戸典夫に変わった。

神戸も、被控訴人に対し、本件ワラントの売却を勧めたが、被控訴人は応じなかった。

平成三年九月一〇日ころ、控訴人が被控訴人に対し、ワラント権利行使期限のお知らせ(甲各五第二号証)を送付したところ、被控訴人が控訴人自由が丘支店を訪れたため、藤代営業課長と神戸が応対し、同支店担当者の勧めた本件ワラントに大きな損失が発生していることにつき申し訳ない旨を述べたが、被控訴人は本件ワラントの売却を決断するには至らなかった。

(六) 被控訴人は、平成四年四月二八日に至り、売却価格二二二二円で本件ワラントを売却した。

2  なお、被控訴人は、原審において、「本件ワラントの買付の勧誘の際、真木は「株の三倍儲かる。いつでも株に換えられて危険はない。日本鋼管の株を売って買ったらどうか」、「信じられなかったら上司を出しましょうか」などと言って勧誘したため、これを承諾した。外国証券取引報告書を見て、住友精密の株まで売られたのを知って、真木に苦情を言ったが、ワラントで十分取り戻しができると説明されて、大丈夫だと思った。本件取引説明書は受領していない。平成二年二月に送られてきた時価評価のお知らせを見て、初めて、本件ワラントが六二五万円余まで下がっているのを知り、あわてて真木に電話したが、真木から、まだまだ上がるから大丈夫だと言われ、その後の時価評価のお知らせで値が更に下がっていても、今に上がると信じていた。同年七月に、大平から、ワラントは下がっているので、株を買って損を取り戻したらどうかと言われたが、真木が安全確実と言っていたので、断った。平成三年九月にワラント行使期限のお知らせを受け取り、その説明を受けるため控訴人自由が丘支店の窓口へ出向き、初めて権利行使期限にワラントの価格はほとんどゼロになること、株に換えるには多額の金額を支払わなければならないことを知った。」などと、前項の認定と相反する供述をするが、以下のとおり採用し難く、他に、前項の認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、被控訴人が、本件ワラントの買付の勧誘の際に、真木から株の三倍儲かる、危険はない等と言われたと供述する点については、他方で、被控訴人が、控訴人代理人の質問に対し、真木の説明によって、ワラントは株とは違うものだけれども、株類似のものだと思い、株と同じように値段が上がったり下がったりするんだということは分かったと供述していることと必ずしも一致せず、むしろ、これらの供述を総合すると、被控訴人が十分理解したかどうかはともかくとして、真木から、ワラントの内容やハイリスク・ハイリターン等の特質について一応の説明を受けたことが窺われる。また、仮に、被控訴人が、真木から株の三倍儲かる、危険はない等と言われ、これを信じたのであれば、約一一か月後に初めて本件ワラントの値が大きく下がっている事実を知った際に、真木に対し強く抗議する等何らかの行動をとってしかるべきであるのに、被控訴人が、真木に問い合わせたものの、まだまだ上がるから大丈夫だとの簡単な説明を受けて、そのまま放置したというのは不可解である。そもそも、被控訴人は、株式の値動きについては、新聞の株価欄を見たり、控訴人の担当者に電話して聞いたりして、興味を持っていた旨を原審で供述しているのであるから、株の三倍も儲かるというワラントを初めて買い付けたのに、その値動きにつき約一一か月も知らないまま過ごしたというのも不自然である。

次に、被控訴人は、本件確認書(乙イ五第五号証)に夫名義で署名押印して控訴人に返送したことは認めているところ、右確認書には、「貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と印刷されているのであるから、被控訴人は右印刷文言を読み、本件取引説明書の受領等を確認する趣旨で署名押印した上、これを控訴人に返送したものといわざるをえず(なお、被控訴人は、右文言を読まなかったと供述するが、書面の体裁からしても、署名押印の際に目に入らないはずはなく、右供述は採用できない。)、本件取引説明書を受領していなかった旨の被控訴人の原審供述は採用できない。

さらに、被控訴人の、ワラントに権利行使期限があることを平成三年九月に至って初めて知ったとの供述も、被控訴人が本件ワラント買付後まもなく受領した本件取引説明書には権利行使期限についての説明も記載されていること、定期的に送付される月次報告書には本件ワラントの権利行使期限が記載されていること、平成二年二月以降定期的に送付されたワラント時価評価のお知らせの裏面にも、権利行使期限についての説明が記載されていることに照らして、採用できない(仮に、当初はワラントについて何も知識がなかったとしても、平成二年二月に本件ワラントが大きく値下がりしたことを知ったという時点では、ワラントが本当に安全であるのか不安に思い、手持ちの資料を読んだりしたはずである。)。

3  なお、被控訴人は、真木の原審供述に信用性がないとるる主張するが、以下のとおりいずれも採用できない。

(一) 被控訴人は、真木は当時毎日何十回もワラント取引の勧誘の電話を行っていたと推測されるところ、他の顧客に関しては全く記憶がないというのであるから、その中で、被控訴人に対する電話の内容は詳細に記憶しているということは信じ難く、その説明内容が型どおりの内容に過ぎないことからしても、その内容は記憶に基づくものではないと見ざるをえないと主張する。しかしながら、真木の供述する被控訴人に対するワラントの商品内容についての説明内容が型どおりの内容にすぎない点はその主張どおりであるとしても、その程度の説明しかしていないというに止まり、そのことから、記憶に基づかない供述であると断ずることは困難である。また、真木が、原審での証人尋問に先立ち、陳述書を作成しており、その際、関連証拠等を確認して記憶を喚起する機会を持ったことからすると、他の顧客に関する記憶とに差があることも不合理とはいえない。

(二) 被控訴人は、真木の原審における供述態度が、主尋問において、被控訴人に対し本件取引説明書及びこれと一体となった本件確認書の用紙を送付したと明確に供述しながら、反対尋問においては、被控訴人に送付した書類を直接には確認していないと供述するなど、恣意的であると主張する。しかしながら、真木は、原審の主尋問においても、右説明書等を実際に送付したのは総務課であると供述しているのであって、恣意的であるとはいえない。

(三) 被控訴人は、電話での二〇ないし三〇分の説明でワラントについて理解することは不可能であるから、真木の、被控訴人が右説明を理解したことが分かったとの供述は信用できないと主張するが、真木の右供述は、被控訴人がワラントについて理解したと思ったとの供述にすぎず、そのように判断したことの当否は問題であるとしても、このことから、右供述に信用性がないとはいえない。

(四) 被控訴人は、真木が、被控訴人に本件ワラントの買付を勧めたのは、住友精密株の値動きがかんばしくなかったためであると供述する点について、他方で、本件ワラントの売却を全く勧めなかったことと比較すると不自然である等と主張する。

しかしながら、乙イ五第六号証に前記二に認定したところを併せ考慮すると、被控訴人のこれまでの証券取引の方法は、主に、株式を相当期間保有し、これを適宜売却して利益を得、その売却代金で他の株式等を買い入れるというものであったところ、本件ワラント買付時点において、被控訴人の保有する住友精密株が値下がりしていたことは、結局二五万三六九〇円の損失となったことからも明らかであり、真木が被控訴人を担当した昭和六三年一一月以降の約四か月の間に売却により損が出たのは、このほかに平成元年一月一二日売却のクボタ株(一〇万七五五四円の損失)のみであったのであるから、真木が住友精密株の値動きがかんばしくないとして、他の証券に買い換えることを勧めたことは何ら不自然とはいえないし、その際、真木があわせて、当時一六七万〇一四六円の利益を出していた日本鋼管株の買換えを勧めた点も、被控訴人のこれまでの証券取引の方法に沿うものといえるもので、特に不自然とはいえない。

被控訴人の右主張は、結局、これらを買い換えるべき証券として、真木が本件ワラントを勧めたことや、本件ワラントが値下がりを続けていたにもかかわらず、真木がその売却を勧めなかったことを非難し、これらの点についての真木の判断が相当でないとの主張に帰着するものと解されるが、これをもって、真木の供述の信用性を否定することはできない。

4  また、被控訴人は、大平の当審供述も信用できないと主張する。

まず、被控訴人は、大平は、他の顧客についての記憶がほとんどないことと対比して、被控訴人に関する供述が詳細なことは不自然である旨を主張するが、大平は、当審における供述に先立ち、陳述書を作成しており、その際関連証拠等により被控訴人に関する記憶を喚起する機会を持ったことからすると、他と顧客の記憶と差があることが特に不自然とはいえない。

さらに、被控訴人は、本件ワラントの売却を拒絶するという不自然な対応をする被控訴人に対し、大平が、その意図を質そうともしなかったというのは不自然であると主張するが、大平は、当審において、特に損失に終わるような取引を勧める場合には、担当者の見通しがはずれる可能性もあるため、無理に勧めることはできない旨を供述していることに照らすと、被控訴人の右主張も採用できない。

5  被控訴人は、本件確認書はそれ一枚の状態で折り畳んで被控訴人に送付されたものであるところ、ワラント取引説明書末尾に確認書が添付されているにもかかわらず、あえてこれを切り離し、あるいはこれと全く別の確認書を送付したものであることからすると、本件確認書とともに本件取引説明書を送付したと推認することに合理性はなく、むしろ本件取引説明書の送付はなかったものと見るのが合理的であると主張する。

なるほど、本件確認書(乙イ五第五号証)は、「ご署名、ご捺印の上ご返送下さい。」とのゴム印を押した直後に折り畳まれた形跡が認められるから、それ一枚の状態で折り畳んで被控訴人に送付されたものと推認すべきであるものの、このことから直ちに本件取引説明書が送付されなかったと推認することは困難であり、むしろ、既に説示したとおり、被控訴人が本件確認書の「貴社から受領したワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」との印刷文言を読んだ上で、これに署名・押印をして控訴人に返送していることを併せ考慮すれば、本件確認書の用紙を本件取引説明書から切り離した上でこれらを同封して送付したか、本件取引説明書末尾の確認書とは別に本件確認書の用紙を同封して送付したかのいずれかであると推認するのが相当である。

四  本件ワラント買付の勧誘の違法性

以上の認定事実によれば、被控訴人は、最終学歴中学校卒の女性で、本件ワラント買付当時五二歳であり、中学校卒業後本件ワラント取引開始までの間、家業の農業を手伝い、その間の二年弱の間農協購買部の売り子をし、結婚後タイル職人である夫の仕事を手伝っていたほかは、特に職業に就いたことはない者である。被控訴人は、本件ワラント買付の約一〇年前から株取引を行っており、当初の七年間は、夫や自己の若干の蓄えを堅実に運用する目的で、証券会社の営業担当者の勧めなどに従って、比較的安全な銘柄を中心として買付・売付をしていたものであるが、当時の株式市況は活況にあり、次第に、手を広げて他の二社の証券会社での証券取引を始めるようになり、投資額も増加し、株式保有期間も短くなるなど投機的色彩を強めていったが、依然として現物取引のみに止まっていたもので、長期間の取引歴はあるものの、被控訴人の株取引は堅実なものであったといえる。

ところで、本件ワラントの買付は、過去一〇年間の一回の最高買付額である三九四万円余の二倍を超え、しかも、当時被控訴人が控訴人自由が丘支店において保有していた株式のうち、買付価格合計八六四万一五〇〇円の三井不動産株一銘柄を残すのみで、一〇八六万一八八六円相当の株式二銘柄を売却することにより買い付けたものであり、手持株式の過半をつぎ込んだ買付であり、当時の他の二社での保有株式(買付価格合計九八〇万四四二八円)を併せ考慮しても、これまでにない多額の買付といえる。被控訴人は、この前後を通じ、本件ワラントのほかには、ワラントの買付をしたことがない。

以上のとおり、被控訴人はワラントを購入する適性が十分であったとはいえない者であり、このような者にワラントの買付を勧める場合には、証券会社の営業担当者としては、ワラント取引のハイリスク・ハイリターンという特質や、権利行使期限を過ぎれば価値がゼロになるなどのワラントの内容等を十分に説明した上で、自発的に購入する意思を持つに至ったかどうかを慎重に見極める必要があったものといえる。ところが、控訴人の担当者である真木は、被控訴人にはワラントにつき何らの知識もないことを認識しながら、何らの資料もないままで、二〇ないし三〇分足らずの電話で、ワラントの内容やワラント取引の性質について型どおりの説明をしたにすぎず、通常このような説明だけでは、ワラントの内容やワラント取引の特質について十分理解し難いことは、証券会社の営業担当者として容易に推測できたはずであるのに、被控訴人から特段の質問がなかったことから、被控訴人が説明を理解したものと安易に即断して、それ以上の説明をせず、また被控訴人が真実理解したか否か確認することもしなかったものであって、真木の本件ワラントの買付の勧誘の際の被控訴人への説明は、不十分かつ不適当であったというべきである。

したがって、本件ワラントの買付につき、このような勧誘をした真木には過失があるものというべきであり、その使用者である控訴人はこれによって被控訴人に加えた損害を賠償する責任がある。

五  控訴人が賠償すべき被控訴人の損害額及び過失相殺

1  被控訴人は、本件ワラントを一〇二六万三一五五円で買い付け、二二二二円で売却したことにより、一〇二六万〇九三三円の損害を被ったものであることは当事者間に争いがない。

2 ところで、以上に認定した事実によれば、被控訴人としても、真木から本件ワラント買付の勧誘を受けた際、ワラントにつき何らの知識もなく、真木からの説明ではワラント取引の特色等につき十分な理解が得られないままに、安易に真木の勧誘に応じて本件ワラントを購入したものである上、その後、控訴人から本件取引説明書等の各書類が送付されていたのであるから、これらにより、あるいはこれらを手掛りとして更に説明を求めるなどして、ワラント取引の内容やリスクを知りえたはずであり、かつ、遅くとも平成二年二月ころ以降は、時価評価のお知らせにより、本件ワラントの価格が著しく下落していることを認識していながら、ワラントの内容やリスクについて正確な理解を得るよう努力した上で慎重に投資判断をすることなく、そのまま保有したらどうかとの真木の助言に安易に従ったばかりか、同年五月以降は、真木の後任である大平や神戸から、本件ワラントの売却を勧められたにもかかわらず、これを拒絶したものであるから(大平から本件ワラントの売却を勧められた平成二年五月からしばらくした同年八月ころにこれを売却していれば、損害を七六八万四七二二円程度に止めることができたものである。)、被控訴人にも損害の発生や損害の増大を防止できなかった点に落ち度があったというべきである。以上のほか、真木の勧誘行為の違法性の程度、その後の真木の助言が相当とはいえないこと等本件に顕れた諸般の事情を総合すると、過失相殺として、被控訴人の右損害額の三割を減ずるのが相当というべきである。

3  これに対し、被控訴人は、平成二年二月初めころ時価評価のお知らせで、本件ワラントの価格が著しく下落していることを認識したが、真木から、持っていればそのうちに値上がりするといわれてそのままにしていたもので、ワラントに権利行使期限があることを知らない被控訴人が真木の右助言を信じたとしてもやむをえないことであり、むしろ、被控訴人の右問い合わせに対し、ワラントの正確な情報提供を怠った控訴人の側に責任があると主張する。

しかしながら、被控訴人が本件ワラント買付の勧誘の際や、その後に送付された本件取引説明書等の各書類により、あるいはこれらを手掛りとして更に説明を求めることにより、ワラントには権利行使期限があることや、そのほかのワラントの内容やリスクについて知りえたことは既に見たとおりであり、被控訴人に何ら落ち度がなかったとはいい難い。

また、被控訴人は、大平からワラントの売却を勧められたがこれを断ったことについても、被控訴人はワラントの大きなリスクを知らなかったのであって、株を株と知って購入し、それが大きく値下がりした場合とは異なるのであり、購入した証券の種類も何も分からない一般の投資家はただただ混乱に陥るばかりであるから、これを被控訴人の過失と評価すべきではないと主張する。

しかしながら、被控訴人は、その主張するようないわば盲目の投資家であるとはいえず、相当程度の証券取引の知識と経験を有していたものであり、本件ワラント買付の勧誘の際の真木の説明で、少なくとも、ワラントが株のように値上がりしたり値下がりしたりするものであることは分かっており、また、その後に送付された本件取引説明書等の各書類により、あるいはこれらを手掛りとして更に説明を求めることにより、ワラントのリスクについて知りえたことは既に見たとおりであるから、やはり、被控訴人に何ら落ち度がなかったとはいい難い。

4  そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として、前記1の損害額一〇二六万〇九三三円から、過失相殺としてその三割を減じた七九〇万〇九一八円及びこれに対する不法行為の後である平成元年三月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

六  その他の主張について

1  被控訴人は、ワラントを販売すること自体が不法行為における違法性を構成すると主張するが、採用することができない。

ワラント、ことに外貨建ワラントは、ハイリスクな面を含む商品であることは否定することができないが、その販売が違法となるかどうかは販売の際の勧誘の態様などによるのであって、販売それ自体が違法であるとまでする根拠はない。

2  被控訴人の証券取引法一六条に基づく請求も、独自の見解によるものであって、採用することができない。

七  よって、右と異なる原判決を主文一項のとおり変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官西田美昭 裁判官筏津順子)

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